[大学生] 大学とサッカーと社会

大学生

「大学生の本業」

何のために大学受験をして、高い授業料を払ってまで大学に通っているのだろう。

勉強するため?部活をするため?遊ぶため?

結論は、自分を守る肩書きを作るため。

大学生の本業は学業である。
これは言うまでもない。

ただ、学業を優先できていない自分がいないか?

授業中の居眠り。
課題の締切ギリギリの滑り込み提出。

学業以外のことで毎日精一杯。
これって普通か?当たり前か?

多分違う。

毎日忙しく生活をしていることが、かっこよく映る人もいるらしい。

「自分がやりたいことを毎日一生懸命やってて偉いね」と言う人もいる。

でも、本当にそうなのか?

部活は、大学生活を充実させるためのひとつの手段に過ぎない。ただのオプション。

でも、学業を二の次にすることを表面上で正当化できてしまう部活は逆に怖い。

これを「普通」「当たり前」と考えてしまう自分もそうだけど、そう思わせてしまう周りの環境も怖い。

でも、これは世の中的によくある事だと思う。
別に自分が異常ではないとも思う。

確かに、”部活”は学生の間でしかできない。
でも、その競技種目ひとつひとつは別にいつでもできる。自分自身の身体さえあれば。

学生だけじゃなくて、仕事をしている社会人でもできる。

仕事との両立。限られた練習時間。キツいと思う。でも、社会人はプレーし続けている。

中にはプロになりたくてなれなかったとか、プロで長くやりたかったけどやれなかったとか、サッカーへの未練を捨てきれずに社会人になってもプレーしている人はいる。

でも、プレーしている人全員に共通して言えるのは、サッカーが大好きということ。

でも、彼らの生活のメインは「仕事」であり「家庭」である。そこは多分ブレていない。

部活は、学生が保有するひとつの特権だ。

でも、あくまでオプションであり、メインではない。メインにしてはいけない。”学”生だから、学ぶことがメインにならなければいけない。

「部活を通して学ぶことだってできるじゃないか!」と言う人もいるだろう。

確かに分かるけど、それって事の本質を捉えられていないというか、自分を正当化する言い訳に過ぎないと感じてしまう。

高校までは、自分たちがたどるべき道が大人によってきちんと示され、どこまでも続く敷かれたレールの上を突っ走るだけだった。

それでよかった。管理が行き届いた世界でのびのび生活していたんだ。

「管理」と言えども自由がないわけではない。「管理の中での自由」と言うべきだろうか。

高校までの生活は、ある意味「塗り絵」だ。
ある程度のレイアウトが既に定められていて、それを何色に塗り上げるかは自分次第。そんな生活だろう。

でも、大学は1枚の真っ白な画用紙を「ほいっ」と渡されただけ。その画用紙には何を書いてもいい。書かなくてもいい。破いたっていい。それが大学生活。

「普通」や「当たり前」は存在しない。レイアウトもない。何でもいい。

でも、多くの人はそこに「普通」や「当たり前」があると思い込んでいる。

そこに大きなギャップがあるのだ。

大学での4年間は、「普通」や「当たり前」を疑うためにある時間なのではないか。

したがって、レールの敷かれた人生を歩んできただけだった若者が、自由で正解のない不完全な社会の中に放り出されて、世の中に埋もれている「違和感」をまずは感じ取ること、見つけ出すこと。

そして、「普通」や「当たり前」を疑い、それを改善するためのアイデアを形にすること。

これらが、これからの社会を生きる自分たちに求められていることだと思うし、そこを大人は評価しているのだと思う。

そんなことを考えていると、また新たな疑問が生まれてきた。

貴重な大学4年間を捧げてまで、大学スポーツをする意味は何だろうか?

いわゆる存在意義である。

大学での4年間が、「普通」や「当たり前」を疑うためにある時間だとすると、大学スポーツはどうあるべきだろうか。

大学スポーツにおける「普通」「当たり前」とは一体何だろう。

もしかしたら、「大学に行けばプロになれる」「体育会に入れば就職で有利」といったことになるのかもしれない。

例えば、プロサッカー選手になりたくて大学に入る人はもちろんいる。

でも、実際にプロサッカー選手になれるのはほんのひと握り。夢を追い続けてきたけど、それが叶わなかった人はたくさんいる。

でも、こうも考えることができる。
プロサッカー選手というひとつの限られた夢に自分を縛りつけるのではなく、社会に出てみて、もっと大きな夢を追い続けるのも良いのではないか。

サッカーという狭い世界に自分を閉じ込めるのは勿体無い。もっとできることがあるはず。

だから、そういうものに目を向けてみるのもいいのではないか。大学生活をそういうチャンスにできないか。

後悔のない大学生活を送ることって本当に大事なこと。

多くの人が口にする、大学生活への後悔。

「あの時〜していればよかった」
「もし〜〜だったら」

そういう未練を残したまま大学を卒業する。
そうはなりたくない。

今この瞬間、それに気付けたことは幸せなことかもしれない。

自由で正解のない不完全な社会をどう生き抜くかは自分次第。

世界は自分が考えるより、自由で理不尽。
そんな世界で埋もれないためには、日々学び続けること。

人生は一度きり。自分の人生を、自分色に染める。それが、今を生きる自分にできること。

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